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麻雀講座終了&教養講座について考える



 はぁ……ようやく終わったですよ。それにしても結局F.U.C.K.P(却下)で後半通したなw

 最後にうp主コメントつけといたけど荒れるかな……でも今言わないと意味ないからな。
 教養講座って話じゃないのかもしれないけど、何で麻雀って上から目線で揚げ足取る人がこんなに多いんだろう?
 今だから言うけどホントやる気なくすよ……

 それでも続けてこられたのは多くの人の応援があったから……かな。
 それはもちろん、コメというのもあるし、それ以上にぼくm@sでコケた自分としては再生数やマイリス、もしくは個人ブログでの紹介なんかも大きな力になっています。
 もともとアイマスで麻雀講座を始めたのは、アイマスで麻雀講座をしたかったわけじゃなくて、アイマスでノベマス的な話を作りたかったところ、たまたま麻雀というモチーフがあって、じゃあ講座形式にして教養講座(ちょうどその頃人気がピークだった)に殴りこもうと思ったのがきっかけ。

 それで思ったのは、講座動画って何よりも正確性が重要視されるってこと。
 でも、それって本当なんだろうか?
 個人的に、講座動画は3パターンに分けられると思う。


1:初心者に教えるタイプ
 初心者のやよいシリーズを含めて多くがこのタイプかと思われる。
 最も有名なアイマス簿記がこのタイプなので教養講座=初心者講座という認識もあろう。

2:マイナージャンルへの入り口タイプ
 教養講座でもっとも間口が広いのがコレ。
 自分が知ってるマイナージャンルを他の人に教えるってタイプ。

3:解説動画タイプ
 自分の知識のもとで、一般的にメジャーなことを解説するタイプ。
 視聴者の殆どが基礎知識を持っているという前提があるのが2との違い。


 というわけで、やっぱり作りやすいのは2のタイプ。なにせ自分の好きなように作れるし、競合する相手もほとんどいない。ただ、視聴数は伸びにくい。
 一方の1は、知っている人が多い関係上、正しいことを教えないと鬼の首を取ったようにツッコミが入るというのが特徴。ただし上手く回せば初心者も熟練者も楽しめる動画になる。
 3は興味のある人が多いという関係上、視聴数がそこそこ稼げるところがポイント。解説の詳しさは動画によりけりだが、ネタに走れるのもこのタイプの強み。ただし連作には向かない。

 で、個人的に最も正確性が求められるのは3であると思う。
 2と1は、基本的に知らない人を対象としている、という点で同じである。
 当然、初心者のやよいシリーズはスタート地点が【麻雀初心者講座を名目にやりたい放題やるノベマス】であるからして、ある程度知っている人を対象にしているのは間違いない。
 でも、名目が初心者講座である以上、初心者に教える……そして、熟練者への【初心者への麻雀教え方講座】……という視点は常に持って動画制作にあたらなくてはならない。

 そこで重要なことは何か。
 結局のところ【初心者に教える】つまり【教育】である。
 教育は【知識の伝達】ではない、というのが持論である。
 つまり、自分が知っていることを、そのまま正確に教えるのが教育ではないってこと。
 それならば、作中でもネタにしたけれど、それこそ「本を読め」でいい。
 もちろん、本はある程度正確性を要求される。なぜならば、本は教育のためのツールでしかないからだ。本を使っての独学だけでなく、本を使っての教育が想定される場合なら、やはり教育は本ではなく人間を通して行なわれるべきである。
 そして、動画は本とは性格を異にする。
 基本的に作者は動画を作ったら投げっぱなしで、「どうして動画内でそのように教えているのか」ということを解説する場を持たない。つまり、動画はそれ単品で「授業」として成立する必要がある。
 だから、例えば本であれば「ここはまだ知る必要がないから飛ばしても大丈夫」などと教育者の判断が入る部分を、動画では動画内でケアする必要が出てくるわけだ。
 一番解りやすい部分であれば、第1話での九索4枚+ノベタン。第1話で、しかもカンも教えないのにそんな難しい牌姿にする必要があるかと問われれば、同じ牌が4枚までしかないというそれ以上の基礎を教えるために必要であると答えるし、第8話で守備を教えず、愚直に字牌⇒端牌の順番で切れと教えているのも、ただそれが(言葉は教えないにしろ)最も基礎となる牌効率だから教えているわけである(リャンメンになる可能性を最大限とするため)。

 そういう細かいテクニックは初心者に教える際には絶対に欠かせないものだと思う。
 例えば、一時期ゆとり教育で「π=およそ3」が槍玉に挙げられ批判を受けた。確かにゆとり教育じたいは私も昔から批判しているが、πについて槍玉に挙げるのはどうだろう?
 そもそもπはπなのであって、π=3.14も正確ではないはずだ。「π=およそ3.14」なのである。それを、π=およそ3としたからといって鬼の首を取ったように上から批判するのは馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 逆に、日本の英語教育などは、基礎を教えずに正確性ばかりを重要視して失敗した好例であろう。
 例えば英語の発音。
 英語の発音は適当なようで実は非常に規則正しい。
 語尾が「母音+子音+e」となっている場合、その当該母音はその母音のアルファベット読みをする、という規則が英語では知られている。
 例を挙げれば「make」の「a」はアルファベットどおり「エイ」と読むし、「poke」は「オウ」であろう。
 しかし、「have」はこの例外で、「エイ」とは読まない。この例外の存在を認めてしまい、規則性を教えないことによって、学生は混乱をきたしてしまうのである。
 「have」は助動詞として有名だが、このように非常に身近でよく使う言葉については、一般に規則性から外れるということが知られている。良く使う動詞に不規則活用が多いのもその一例だ。
 だから「have」はいったん例外として横においておき、まずは件の規則を先に覚えてしまうのである。
 その際、「have」もあるじゃないかと突っ込まれれば、「それは例外です」といえばいい。

 そして私はそれと同じことを、麻雀講座でやってきたし、やろうとしていた。
 例えば「字牌は常に翻牌よりオタ風の方が安全」である。
 そんなの状況による、と言われるかもしれない。しかし、振り込みに遭った際の期待収支やその他諸々を考えると、全く安全牌がない場合はオタ風を切るべきなのである。
 そのような基本をまず教えるべきであるのに、きっとニコニコ内でそう教えたら猛烈な批判が来るであろうことが予想できる。しかしながら、それはそれなりの覚悟と戦略をもってやっているのであって、しかしそのあたりが理解されるのは遠そうである。


 きっと私は多くの講座Pとは全く違うところで悩んでいるのだろう。教育論は私が昔から考えてきたテーマでもあるのでどうしてもここで躓くのは許せないのだ。
 もう平日に知らん顔して動画をUPできる生活も終わりを告げ、次からは平日は12時間労働、土日も休みがあるかどうかといった激務に入るわけだが、それでも私は動画制作をやめるつもりはない。
 まあ、つもりがないってだけで、実際にできるかどうかはわからないけど……ね。

 まずはやるやると言ってずっと放置してきたぼくm@sの完結。
 それが済んで、まだニコ動からアイマス熱が冷めていなくて、なおかつ上に書いてあるようなことに一定の答えを得たら、続編を作ることになると思う(何しろ、話は殆ど出来上がってるわけだし、ね)。

 ただ、その時にはおそらく「アイマス教養講座」を名乗ることはない。

 教養講座の名を冠すると、作る方も見る方もなぜか純粋に楽しめなくなるからだ。
 まあ、もともと麻雀動画は荒れるというけど、RAP_の雀姫伝なんかはあれだけの人気作品であるにも関わらずほとんど荒れてない(気がする)ので、やはり今後も精進しなければならんなあと思う次第。

 はぁ~荒れない麻雀動画作りたいな~……
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